1988年9月25日午後2時、東京駅丸の内口の待合室で、ひとりの72歳の老母が忽然と姿を消した。ソウル五輪の衛星中継で人波があふれる中、初期の認知症を抱えた彼女は、日常の延長のように息子と駅へ来ていた。45歳の長男は灰色の背広姿で交番に駆け込み、「手洗いに行ったきり、30分経っても戻らない」と涙ながらに訴えた。しかし捜査員は、彼の言葉に妙な違和感を覚える。何より、その朝だけ彼がいつもより大きな旅行カバンを抱えて家を出ていた事実が、近所の人の記憶に残っていたのだ。駅周辺を徹底的に探したが、当時は防犯カメラもなく、頼れるのは駅員の曖昧な証言だけだった。捜査は次第に行き詰まり、事件は闇に沈む。だが27年後の2015年秋、若い刑事が古い資料の山から一枚のマイクロフィルムを見つける。そこには、失踪当日の午前に母名義の通帳から大金が引き出された記録、さらに東京駅で乗車券が購入された痕跡が残っていた。長男は本当に被害者だったのか。それとも、27年もの間、母を欺き続けたのは彼だったのか。