岐阜で迎えた七回忌。親戚二十二人が集まる中、私は朝三時から台所に立ち、煮物、天ぷら、和え物まで十二品を一人で仕上げた。だが正午、座敷では義母が平然と笑い、 「私が作った料理ですから」 と語っていた。その言葉は、八年間ずっと繰り返されてきた。私が何も言えずにいると、義母はお盆を突き出し、残り飯と漬物だけを私に置いた。 「あなたは座らなくていいのよ」 その瞬間、静かな足音とともに中学生の娘・美咲が現れた。美咲はスマホを高く掲げた。画面には、今朝三時十二分、暗い台所で必死に働く私の姿が映っていた。さらに八年分、二百枚以上の記録まで。 「おばあちゃん、今日の十二品、どれを作ったの?」座敷は凍りついた。夫は立ち上がり、八年分の食費二百四十万円を告げた。 「今日で終わりにする」 私の手を取る夫と、真実を示した娘に、義母はただ黙り込んだ。