1999年12月28日の夜明け、北海道・札幌で若き建設会社社長夫妻と幼い三人の子どもを含む一家四人が、まるで空気に溶けるように姿を消しました。誰もが幸せの頂点にいるように見えた家族でした。しかし、向かうはずだったトウヤ近くの山道とは別の場所で、黒いSUVが発見されます。荷物も、赤いミニカーもそのまま。助手席には、母親の真珠のイヤリングが片方だけ落ちていました。さらに冬山には不自然な、乾いたコンクリートの粉まで残されていたのです。同乗していたただ一人の人物は、ただ一つの言葉を繰り返しました。「兄がサービスエリアで私を降ろして、そのままどこかへ行ってしまったんです」と。ところが、そのサービスエリアと車の発見場所は一時間も離れていました。そして12年後の2011年、札幌郊外のカフェ近くで桜の木の下のコンクリートが重機で砕かれた瞬間、山奥から一本の電話が鳴ります。「私は笠原林太郎です」――あの夜明けに別れた家族は、なぜ桜の木の下から見つかったのでしょうか。