仮歌のまま130万枚売れた名曲がある。 その一曲は、幼い頃に母を失った作詞家が、その喪失の思いを込めて書いた詞から生まれた。だが、最初にその歌詞を受け取った歌手は、別の記憶を呼び起こした。 「歌手になる夢を話した先輩」「最初のファンになる」と笑ってくれた人――その先輩は、わずか一週間後に事故で亡くなっていた。 この重い事実は、作詞家にもディレクターにも告げられていなかった。アルバム収録の最終日、夜十時を過ぎても最後の歌詞は届かない。 ようやくFAXで届いた文字を見た瞬間、歌い手の胸に封じていた記憶が一気に重なり、気持ちを整える間もなく仮歌を追うように歌った。 録音はわずか三回。しかも本番前には、「収録完了。帰っていいよ」と告げられたという。こうして、三回目の仮歌がそのままCDになり、130万枚を超える名曲となった。