1986年、中森明菜のために作られた楽曲があった。作曲者は竹内まりや、そしてそのデモは「このまま発売できる」と評されるほど完成度が高かったという。実際、明菜本人も「私が歌うよりいい」と感じたと語ったほどだった。だが、完成版は本来の意図とは異なる方向へ進んでしまう。声を張り上げるのではなく、囁くように歌うべき曲だったのだ。そこに山下達郎が強く反応し、制作側の判断に憤慨。「自分でアレンジしたい」と、歌うことをためらっていた竹内まりやを説得した。こうして翌年、竹内まりや版の「駅」が誕生する。同じ歌詞、同じメロディーでありながら、中森明菜が歌った世界とはまるで違う、もう一つの名曲が生まれた。二人の解釈の差が、作品に鮮烈な陰影を与えたのである。