実は、映画のために作られた音ではなかった。世界中が知るその旋律の背後には、日本のバンドの存在があったのだ。原曲は1959年、アメリカのバンド「ザ・ザ・チーターズ」にさかのぼる。だが、1995年、東京で活動していた女性3人組がそれをカバーしたことで、運命は大きく動いた。彼女たちは80年代から東京のアングラで鳴らし続け、90年代には海外ツアーにも踏み出していた。来日中のタランティーノ監督は、服屋で偶然そのCDを耳にし、瞬時に心を奪われる。売り物ではない。店員の私物だった。それでも彼は頼み込み、ついに手に入れた。 その音はやがて『キル・ビル』へと流れ込み、映画の中で彼女たち自身が演奏する形で刻まれた。 スクリーンに響いたのは、最初から東京のアングラで生まれていた、本物の熱だった。