私は次男として、これまでの人生で数々の責任を背負い込むことが当たり前のようになっていました。兄・憲一は東京で働き、私たちの実家となる田舎からは遠く離れた生活を送っていました。一方で母は、広い田舎の家に一人で住んでいました。母はその昔、兄の結婚資金や事業資金のために、持っていた貯金のほとんどを渡していました。そのため晩年、母の生活は薬代と僅かな生活費のみでギリギリの状況に追い込まれていました。ある日、兄から私に電話がかかってきました。「俺は東京で働いていて忙しいし、実家のことはお前が面倒を見てくれ」と。その時、兄は続けてこう言いました。「家と山の固定資産税は俺が払うよ。だから心配するな」。私はその言葉を信じ、実家と母の世話を任される形で生活を続けました。しかし、その後の十四年間、兄が言った固定資産税の支払いは一度も実現されることはありませんでした。母の生活を守るため、私は黙って毎年税金を払い続けました。固定資産税の領収書を母に渡すたび、母は申し訳なさそうな顔をしていましたが、何度も「ありがとうね」と言ってくれました。それだけで十分だと思っていました。私が選んだ道なのだから、と。