海辺の古い借家で三十六年間暮らしてきた和代さん(68歳)は、人生の大半を過ごした家を離れる決意をしました。夫を九年前に亡くした後も、毎月六万円の家賃を一度も滞納せず、庭の手入れも欠かさない穏やかな日々を送っていました。しかし退去の日、立ち会いに現れた新しい大家から思いもよらない言葉を告げられます。「壁も畳もすべて交換する必要があります。敷金二十万円を差し引いても、百二十万円を支払ってください」。長年の生活で自然に古くなった壁の黄ばみや畳の色あせまで、修繕費として請求されたのです。和代さんは戸惑いながらも、すぐには同意しませんでした。ふと、古い茶箱の中に保管していた入居当時の写真を思い出したのです。そこには、住み始める前から存在していた畳の色の違いや壁の継ぎ目がはっきりと写っていました。さらに契約書にも、特別な負担を求める記載はありませんでした。和代さんは契約書と写真、百二十万円の見積書を持って消費生活センターへ相談しました。担当者は、通常の使用による経年劣化は原則として借主の負担ではなく、特別な故意や過失がある場合のみ対応が必要だと説明しました。