70歳になる夫には、長年連れ添ってきた妻にも理解できない行動があった。それは、息子夫婦の家を訪ねた帰り道になると、決まって涙を流すことだった。何度理由を尋ねても、夫は「何でもない」と微笑むだけで、本当の気持ちを打ち明けようとはしなかった。夫の様子を心配した妻は、真実を知るため苦渋の決断をする。次に息子の家を訪れる際、夫の持ち物に小さな録音機を忍ばせたのだ。そして帰宅後、その録音を再生した妻は、思いもよらない会話を耳にして言葉を失う。録音には、夫が息子夫婦に対して終始笑顔を見せながらも、「自分が年老いたことで迷惑をかけていないか」「これ以上世話にはなりたくない」と本音を漏らす姿が残されていた。さらに、息子は「そんなことを気にしないでほしい。父さんが来てくれるだけでうれしい」と何度も励ましていたが、夫はその優しさをかえって負担に感じ、自宅へ戻るたびに抑えていた感情があふれ出していたのである。その事実を知った妻は、夫が涙を流していた理由が悲しみではなく、家族への深い愛情と遠慮から生まれた葛藤だったことを理解した。翌日、妻は何も責めることなく夫の手を握り、「これからは一人で抱え込まないで。一緒に支えていこう」と静かに語りかけた。その言葉に夫は再び涙を流した。しかし、その涙はこれまでとは違い、長年胸の奥にしまい込んでいた不安がようやく解き放たれた安堵の涙だった。家族とは、互いを思いやるからこそすれ違うこともある。それでも本音を伝え合うことで、失いかけていた絆は再び強く結ばれていくのだと、この出来事は教えてくれた。