「ラッキーだった。老いた親の金全部もらえてさ。介護とか知らないし。」隣の部屋から漏れ聞こえたその一言で、私は動いていた手を止めました。声の主は一人息子の健太。三十年間、夫を早くに亡くした私が女手一つで育て上げた子です。息苦しいほどの忙しさの中、スーパーと工場を掛け持ちし、昼食すら削る日々。そんな私の人生のすべては、健太のためのものでした。先月、ずっと貯めていた三千万円を、彼夫婦の新居購入のために渡しました。その時、封筒にはただひと言だけ添えました。「たまに電話してくれると嬉しい」。それは条件でも要求でもない、ひとりの母としての控えめな願いでした。だが、その翌日に聞いた健太の本音は、私を深い失望に叩き落としました。その隣で、彼の妻・志保の顔だけは青ざめていました。数日後、志保が小さな花束と手作りのおかずを持って訪ねてきました。「お義母さん、あの言葉を止められなくて、本当に申し訳ありませんでした」と、涙ながらに謝る彼女。健太の話題は一切出さず、ただ私の話に耳を傾けてくれました。そして帰り際、彼女は小さな声で訊ねました。「また来てもいいですか?」