玄関先で「入ってこないで!」と叫んだ嫁の声を、田中誠は一生忘れなかった。定年退職金と貯金を注ぎ込み、息子夫婦のために買った世田谷のマンション。だが嫁の美香は、誠の贈り物を「古臭い」と笑い、手作りのキムチを拒み、ついには家の暗証番号まで変えた。息子の大輔は、妻の顔色ばかり見て何も言わない。孫に会いに来ても、誠は客以下の扱いだった。ある日、玄関前で締め出された誠は、ようやく悟る。この家に込めた愛情は、もう誰にも届いていない。数日後、誠は静かに不動産会社へ向かった。「このマンションを売ります」その決断が、息子夫婦の生活を根底から崩すとは、まだ誰も知らなかった。