「通訳が出しゃばるな! ステージを台無しにする気か!」シカゴの国際交流イベント『ジャパン・アメリカ・カルチャー・フェスティバル』の舞台裏で、運営責任者アーサーの怒号が響いた。開演30分前、メインゲストの世界的トランペッターが急性胃腸炎で救急搬送されたのだ。パニックに陥る現場で、代役を名乗り出たのはヨレヨレの安スーツに身を包んだ日本人通訳、渡辺忠彦(55)だった。スタッフらの軽蔑と失笑を背に、借り物のトランペットを手にステージへ上がった忠彦。500人の観客とテレビカメラが懐疑的な視線を注ぐ中、彼が唇をあて、最初の一音を響かせた瞬間――会場の空気が文字通り凍りついた。それは誰もが予想した素人の音ではなかった。透明で深く、魂を揺さぶる完璧な旋律。忠彦が吹いたのは、予定されていた単純な曲ではなく、難曲『テイク・ファイブ』。実は彼、3年前に相棒のピアニストを亡くして引退した、グラミー賞ノミネート歴を持つ伝説の天才トランペッターだったのだ。外見だけで彼を侮っていたアーサーらは、音楽評論家にその正体を明かされ、あまりの衝撃に平伏し謝罪するしかなかった。