京都の店の二階で、女は静かに言った。 「うちが、あの子たちのお父さんを取ってしまったんや。しゃあない甘いもんや」その言葉の先にいたのは、よその子ではない。大阪で内職をしながら三人を育てていた母のもとへ、生活費を取りに通う少年たちだった。やがて末娘は富司純子――藤純子となり、父の複雑な影を背負いながらも、九年で九十本近い映画に出演する。だが、26歳。彼女は頂点にいるまま、自ら幕を引いた。 「散ってこそ花。満開のうちに散りたかった」父は娘の宝塚入りも女優業も結婚も反対した。それでも純子は父を捨てなかった。憎しみだけでは切れない血の縁、そして幼い日に見た無邪気な食卓の記憶が、彼女を縛り続けていたのだ。栄光の裏にあった痛みこそが、この引退劇の理由だった。