日が暮れた江戸の町を、大工の彦太郎(28歳)は疲れた足を引きずりながら歩いていました。路地の奥、揺れる縄暖簾の向こうから漏れる明かりに誘われ、居酒屋へと足を向ける彼。江戸の居酒屋は、まさに男たちの憩いの場でした。縄暖簾をくぐると、そこにはすでに賑やかな声や笑顔が広がっています。木造の簡素な店内では、熱燗が注がれた銚子が行き交い、甘い味噌を塗られた豆腐田楽やコトコト煮込まれた芋煮が提供されていました。一杯の値段はわずか二十文。彦太郎のような職人でも一日働いた稼ぎのほんのわずかで楽しむことができたのです。さらに江戸の居酒屋は、食事だけでなく「情報交換の場」としての役割も重要でした。隣り合った見知らぬ客同士が仕事の話や芝居小屋の噂話を交わし、身分の壁を越えて繋がりを育む―ここはまさに、孤独な都市生活者たちの社交場だったのです。当時のメニューに目を向けても、驚くほど現代の居酒屋と似ています。豆腐田楽、煮物、そしてネギマ鍋。冷蔵技術のない時代には捨てられていたトロも振る舞われていました。それもその場の賑やかな空気が、彦太郎にとって日々の労働の癒しとなっていたのでしょう。