遺産分けの日、お野に残されたのは、たった一人の下男・仁六と、古びた木箱だけだった。兄の九太郎は屋敷も店も金も手にし、妹には何一つ価値のないものだけが押しつけられた――誰もがそう思った。だが、父が本当に託したのは、目に見える財ではなく、未来を切り開くための「真実」だった。木箱の中に眠っていたのは、父の直筆の手紙、一本の鍵、そして地図。そこに導かれるようにして辿り着いた古小屋には、上質な木材が密かに蓄えられていた。さらに、父が残した得意先の名簿には、商いの才覚だけでなく、人を見る目まで記されていたのである。お野は仁六とともにその遺志を受け継ぎ、小さな長屋から材木商を始めた。寡黙ながら確かな腕を持つ仁六の木工は評判を呼び、お野の誠実な商いは次第に人々の信頼を集めていく。