今でこそ世界的なゲームブランドとなり、その名を知らぬ者はいない任天堂。しかしそのスタートは意外にも「グレーゾーン」だった。明治時代、ギャンブルを目的としたトランプやサイコロ遊びは厳しく規制されていたが、「花札」の製造販売が合法化されたことをきっかけに、山内房治郎という名の職人がこの市場に目を付けた。 当時、花札は単なる紙製の遊び道具だったが、彼はこれを工芸品として昇華。特に京都や大阪の裏社会のプレイヤーたちが主な顧客となり、彼の工夫は一躍評判を呼び起こした。汗で札が張り付いたり、読み違えを防ぐため、灰や粘土を混ぜた材質で札を製造。叩き付ける際に独特の心地よい音が響き、これがプレイヤーたちの興奮を加速させたという逸話さえある。