日本お笑い界のレジェンド、志村けんが「どうしても許せなかった」と語られる芸人3名について、彼のエピソードを通して見ていきましょう。第3位はウーマンラッシュアワーの村本大輔。村本が自身のラジオ番組で行った軽妙なトークに対し、志村は「何を言っているのかさっぱり分からない」とコメント。この発言は波紋を広げ、志村と親交の深い上島竜兵が「後輩を批判するのは早すぎる」と火消しに動く事態にまで発展しました。続く第2位は島田紳助。当時、紳助と志村がそれぞれ出演する番組に同じタレントが重複することが多く、「志村派」と「紳助派」という派閥が形成されたと言われています。この暗黙の対立は業界でも有名で、志村は亡くなるまで紳助の名前を一切口にせず、その姿勢は最後まで崩しませんでした。そして、第1位は明石家さんまです。一見親しいように見えた二人ですが、志村が石野陽子との破局で落ち込んでいた時、さんまがテレビで「また若い子に振られたのか」と発言。志村は笑いでは答えず、低い声で「それだけは言うな」と返したと言います。本気で愛した人との別れを茶化された瞬間、彼のプロとしての一線が崩れたのです。