かつて「台湾の歌姫」と称された欧陽菲菲。その華やかな成功の裏には、知られざる苦悩の時間があった。1971年、21歳で「雨の御堂筋」を携えて日本デビューを果たすと、その圧倒的な歌唱力で一躍スターの座へ駆け上がった。28歳の時には10歳年上の元レーシング場経営者との結婚を発表し、さらに1983年には「ラヴ・イズ・オーヴァー」が日本中で大ヒット。多くの人々の心を揺さぶる名曲となった。しかし、人気絶頂の裏で、欧陽菲菲は日本語の壁や文化の違いに苦しんでいた。来日直後は「雨の御堂筋」の歌詞の意味も十分に理解できず、日本社会になじめない孤独を感じていたという。台湾へ戻りたい気持ちを抱えながら活動を続けたが、精神的な限界を迎え、低迷期にはテレビで涙を流す姿も見せた。その後は日本と台湾を行き来しながら家族との時間を大切にしていたが、2016年、7年間連れ添った最愛の夫が心不全で亡くなり、大きな悲しみに包まれた。現在の欧陽菲菲は、2023年に台湾のゴールデンメロディー賞で特別功労賞を受賞し、ステージで元気な姿を披露。メディアへの露出は控えめながら、自宅で運動を続け、夫が愛したフェラーリコレクションを眺めながら穏やかな日々を過ごしている。波乱の人生を歩んだ歌姫は、今も多くの人々の記憶に輝き続けている。