昭和時代の家庭には、見えない存在が静かに息づいていました。その「誰か」とは専業主婦のこと。夫が朝7時に家を出て、夜10時過ぎに疲れ果てて帰宅しても、家は壊れることなく機能し続けていました。毎朝整えられる弁当、夜中の食卓に用意された温かい食事、それを担っていたのは休日もなく、評価もされない妻たちの姿でした。専業主婦という生き方が象徴するのは、経済成長期に支えられた日本独自の家庭システム。年功序列で増え続ける夫の給与、家電の普及、第三号被保険者制度、これらが家庭を支える妻たちの労働を「当たり前」としました。しかし、それは選択肢だったのでしょうか?それとも社会構造が強いる必然だったのでしょうか?