※真実を知った北村晴男が大激怒!!恐ろしい新たな闇に鳥肌が止まらない⋯獄中で生きた半生に涙【立花孝志】静かな法廷に、一人の裁判官の苦悩が重くのしかかっていた。若き熊本裁判官は、眼前の証拠を前に確信していた。袴田巌氏は無罪だと。1966年、静岡の味噌工場で起きた凄惨な一家4人殺害。元プロボクサーの袴田氏は、脆弱な動機と矛盾だらけの自白調書、そして犯行から1年2ヶ月後に「発見」された血のついていない作業衣という不自然な証拠によって逮捕・起訴された。その裁判で、彼は無罪の確信を胸に、主任裁判官と左陪席裁判官を懸命に説得した。しかし、合議の結果は2対1。有罪判決。いや、死刑判決だった。「裁判官になって無罪判決を書くと出世できない」。司法修習生時代に聞いたその言葉が、今、重い現実としてのしかかる。良心に逆らって書いた判決文。彼は、最高裁がこの不自然さに気付き、覆してくれることを祈りながら、苦渋の文章を認めた。上級審への訴えを込めた、暗号のような判決書。しかし、その願いは届かず、袴田氏の死刑は確定した。