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【東日本大震災】巨大津波に飲まれた南三陸町防災対策庁舎 宮城
2026/08/03
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2011年3月11日、宮城県南三陸町防災対策庁舎の屋上で、一枚の写真が撮影されました。そこには、まだ街の建物が残る穏やかな風景が写っていました。しかし、その直後、巨大津波が町を襲い、状況は一変します。高さ約12メートルの庁舎の屋上まで津波は到達し、避難していた約50人の職員らをのみ込みました。さらに津波は約2メートル上昇し、多くの命が失われる悲劇となりました。屋上のアンテナにつかまり生き残ったのは、わずか11人でした。写真を撮影した職員も津波に巻き込まれましたが、副町長が必死に腕をつかみ続け、一命を取り留めました。南三陸町防災対策庁舎は、東日本大震災の脅威と命を守る重要性を今に伝える場所となっています。

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