かつて「本当の親子のように親密」と称された美智子さまと紀子さまと。その関係は、皇位継承をめぐる深い闇の中で、30年を経て「絶縁」とも言える様相へと変貌した。すべての発端は、二人の絆の強さそのものにあった。平成初期、美智子さまは平民出身で皇室に入られた紀子さまに特別な親近感を抱かれ、実の娘のように導かれた。それは、ご自身の経験に基づく支援でありながら、同時に、宮中におけるご自身の立場を強化するという、政治的計算も含んでいたとされる。しかし、雅子さまのご入内後、状況は一変。美智子さまと紀子さまは、皇太子妃である雅子さまを「部外者」として扱い、暗黙のうちに連携。特に紀子さまが悠仁さまをご出産されたことで、美智子さまの同妃への信頼は絶頂に達し、「第二の美智子」と呼ばれるまでになった。転機は、眞子さまと小室圭氏の婚約問題だった。スキャンダルの深刻化に、美智子さまの失望と焦りは募る。そして、紀子さまが小室家問題への対処を美智子さまに求めた際、同妃は「筋違い」と応じ、決定的な亀裂が生じた。同時期、美智子さまは雅子さまへの評価を一転。男系継承を重視する姿勢から、世論の高まる愛子さまへの理解を示すようになり、「私のために男の子を産んだのに、今になって愛子天皇を推すなんて」という紀子さまの痛烈な言葉を生むに至った。現在、二人の間に直接の接触はない。かつての絆は、皇位継承という重い課題の前に完全に崩壊し、皇室内部に深い対立の溝を残したままである。