明石の海を見下ろす静かな別邸で、病床の有栖川宮威仁親王は、ただ一つの名を呼び続けた。「よしこ女、よしこ女」。腕の中に抱こうとしたのは、当時まだ幼い孫娘・由紀子でした。公務も軍務も離れた元帥に残されたのは、その小さな笑顔だけでした。威仁親王は、皇族として初めて海軍に入り、海軍大将にまで昇った人物です。若き日は驚くほど端正な容姿で、欧米の宮廷を渡り歩き、日本初の自動車の一人でもありました。しかし、その栄光の裏で、彼はただ一つ守れなかったものがあります。有栖川宮という家名でした。二十歳で亡くなった一人息子・種仁王を失い、制度の壁に阻まれながらも、彼は家の存続を願い続けました。だが最後に、その願いを静かに受け継いだのは孫娘でした。明治の皇族、威仁親王の最期に残ったのは、たった一つの名前と、未来へつなぐ祈りだったのです。