日本最大級の指定暴力団・稲川会。その名門の血を引く人物として、かつて大きな注目を集めた男がいた。稲川会創設者・稲川聖城の孫であり、三代目会長・稲川友好の息子として生まれた稲川英希である。幼少期から「御曹司」と呼ばれ、一般人とはかけ離れた環境で育った。高級車での通学、周囲から特別視される日々――その存在感は若い頃から裏社会でも知られていたという。しかし、名門の血筋は必ずしも頂点を約束するものではなかった。英希は異例の速さで組織内の地位を高め、次期後継者候補として期待された一方で、その振る舞いをめぐり古参幹部との対立を深めていった。特に内堀和也らとの確執は決定的な転機となった。さらに高山清司との関係も絡み、周囲の警戒は強まり、身の安全を守るため生活は大きく制限されたとされる。