谷村新司、国民的歌手として輝きを放ったその人生も、その裏には影が潜む。二千十六年の冬、彼は静かな夜、自ら不慣れな手つきで妻のリクエストであるパエリアを作っていた。その夜、彼はブログに「長年連れ添ってくれてありがとう」と静かに投稿する。四十年近い夫婦の時を感じさせる温かな言葉だった。だがその夫婦関係にヒビが入ったのは、二千十八年、息子の不祥事が発覚した時だった。父として「谷村ブランド」を守るため息子を突き放した彼。一方で母として息子を守ろうとする妻。完璧だった夫婦の役割分担の均衡は一気に崩れ去ってしまった。その後、彼が病に倒れ最期を迎える時、妻がその側にいなかった理由は単純なものではない。四十年以上の年月で積み上げられた責任と感情の重さが、静かに二人の間に距離を生む原因となったのかもしれない。彼の人生は、歌と共に生きた光の道だった。しかしその裏にあった家族の深い葛藤は、何よりも強く彼の心を苛んでいたのではないだろうか。