なぜ人間は、カバの肉を食べないのか。 答えは単純ではない。カバは危険だから、というだけでは説明できないのである。古代エジプトでは、ナイル川に無数のカバが生息し、人々はそれを狩り、肉まで食べていた。壁画には、王が槍を構えてカバを仕留める姿も残る。つまり、食べないのは本能ではなく、歴史の選別なのだ。20世紀初頭、アメリカでは肉不足とホテイアオイの繁殖問題が重なり、バーナムとフリッツ・ドゥケインが「ルイジアナにカバを放てばよい」と提案した。湖の牛のベーコンまで宣伝され、法案も提出されたが、結局は否決された。もし実現していれば、食卓は今とは違っていたかもしれない。だがカバは家畜化に向かない。凶暴で、縄張り意識が強く、人間に従わない。エスコバルの農園で放置された個体が野生化した例が、その危うさを証明している。私たちが口にする肉は、進化と偶然が選んだ勝者なのである。