老夫婦の長年の沈黙は、外猫「朝日」によって少しずつ溶かされていった。七十六歳の正吉と七十三歳の住江は、息子の死以来、会話を交わさず、同じ食卓でさえ無言で過ごしていた。しかし、灰色と白の一匹の猫が毎朝縁側に現れるようになり、少しずつ家の時間が動き出す。朝日は水を飲み、魚を食べ、ときに正吉の膝で眠った。その静かな習慣が、言葉を失った二人の間に小さな会話を生むきっかけとなった。「今日は冷えるね」「昨日はどこで寝てたの?」―ほんの短い言葉だけれど、二人の胸に温もりを戻した。やがて春が訪れ、朝日の姿は弱くなったが、老夫婦は猫のために毛布を敷き、水を注ぎ続けた。朝日は静かに息を引き取り、梅の木の下に眠る。その温もりは、二十年閉ざされていた二人の心に、言葉を超えた愛の記憶として残った。朝日が教えてくれたのは、沈黙の中にも互いを思いやる力があるということだった。