戦争の天才と讃えられる男、石原莞爾。その頭脳は日本史上においても屈指の非凡さを誇り、戦術と戦略の分野で輝きを放った。彼の名が後世に語り継がれる理由の一つが満州事変である。圧倒的に不利とされた状況下で、石原は中国東北部全域の占領を成功させ、満州国を築き上げた。これにより、彼はその類い稀な軍事的才能を証明する一方で、異端児としての側面をも持ち合わせていた。特に話題となるのが戦後の東京裁判における逸話だ。検事は石原を証人として呼び、彼に太平洋戦争の罪を東条英機に問わせようとした。しかし、石原は意にそぐわず「第一級の戦争犯罪人はトルーマンだ」と明言。理由として、国際法を無視して市民を多数殺害した責任を問いただしたのだ。この発言に法廷は沈黙。さらに、石原は裁判長に対し「責任を遡るならペリーも連れて来い」と主張。大胆不敵なこの態度は、誰をも震撼させた。